Indelマーカー*によるウンシュウミカン品種間交雑苗の作出

(*Indelマーカーはゲノムの挿入/欠損(insertion/deletion)を有するヘテロ接合性領域を検出できるDNAマーカーの一種です。)

研究のねらい

熊本県のウンシュウミカンの作付面積は3,381 haで柑橘全体(5,508 ha)の6割以上を占める主要な柑橘です(熊本県農業動向年報、2017-2018年度)。
ウンシュウミカンは熟期の早晩や果皮の厚みなどさまざまな特性をもった品種が育成されています。新品種育成のため、品種間交雑により、これまでにない特性を持った新しいウンシュウミカンの育成が期待されるところです。しかし実際には、ウンシュウミカンの品種間の交雑育種はとても困難です。その要因の一つが種子の多胚性という特性によるものです。そのため交雑で種子ができても、一つの種子中に一つの交雑胚とそうでない多数の胚(珠心胚;種子親と同じ形質)が混在します。交雑胚は成長とともに退化しやすく成熟した種子をまいてもほとんどが種子親と同じ形質のものばかりとなります。そのためこれまでは、新しいウンシュウミカンを育成するために‘枝変わり’等の自然に発生する突然変異を活用する方法に頼っていました。この方法では狙った特性を得ることは困難で、まさに運任せの育種方法です。
そこで、農研センターではウンシュウミカンの交雑育種を可能にする技術を開発し、この方法を使ってウンシュウミカンの品種間交雑系統を作出することをねらいとしました。

研究の成果

1.交雑胚を識別するための技術開発

ウンシュウミカンの遺伝子は二倍体といって、同じ機能の遺伝子を2つ持っています。この2つの遺伝子のDNAがまったく同じ場合をホモ接合型、異なる場合をヘテロ接合型といいます。ホモ接合型の場合には交雑しても変化はありませんので交雑したのか否かは区別できません。一方、ヘテロ接合型の場合には交雑すると半分の確率でホモ接合型に変化します。このことに注目して、PCR検査で簡単に交雑の判別をできるように、このたび開発したのがIndelマーカーというDNAマーカーの一種です。この技術をもとにPCR検査を実施すると、ヘテロ接合型の場合はバンドが3本検出されますが、交雑してホモ接合型に変化した場合にはバンドが1本になります(図1)。この変化が交雑判定の目印になります。また、先に述べたように1種類のマーカーでは交雑を検出できる確率は半分です。逆を言うと半分は見逃すことになります。しかし、検出できる確率は複数のマーカーを使うことで向上し、たとえば4つのマーカーを使えば約95%の確率で検出できます。このような目印になるDNAマーカーを数多く開発しました。

図1 交雑判定技術

2.ウンシュウミカン品種間交雑に応用
種子の中に多数形成される胚のすべてを、交雑胚が退化してしまう前に取りだして培養することで、それぞれの胚から成長した苗ができます(写真1)。得られた苗をPCR検査すると、Indelマーカーでバンドが1本に変化している系統が見つかりました。交雑苗の割合は検定した苗の約1%と決して高くはないのですが(表1)、実際にウンシュウミカンの品種間交雑が可能となったことは育種技術として大きな前進です。順化に成功した苗3系統が生育し(写真2)、これらは多くのIndelマーカーで交雑していることが確認できました(図2)。

写真1 胚培養による苗育成
表1 ウンシュウミカン品種間交配からの交雑胚の選抜と苗の育成数
図2 順化に成功した交雑胚由来植物3系統のIndelマーカーによる交雑検定
各染色体由来の独立した9種のIndelマーカーを使用. SP:種子親「今村ウンシュウ」,PP:花粉親「熊本EC11」,1-3:交雑胚由来植物

3.開発したIndelマーカーの可能性
柑橘では多くの品種がウンシュウミカン同様に多胚性であるため交配のための種子親に利用することは困難です。そのため、稀に存在する単胚性の品種(’清見’など)を種子親に使用するなど限られた品種を使って交雑育種が行われていました。開発したIndelマーカーはウンシュウミカンに限らず、さまざまな品種にも応用が可能であることも明らかになりました。つまり、この技術により多胚性・単胚性に関係なく有用な形質をもつ品種を自在に交雑育種に利用することが可能となり、これまでよりも育種の幅を大きく広げました(R2農業研究成果情報No.892)。
なお、ここで開発した研究成果は国際的な科学誌にも掲載され、熊本県に限らず柑橘育種の新たな手法として新品種の誕生に寄与することが期待されます。

普及上の留意点等

1.本試験は、平成29年(2017年)と平成30年(2018年)に、種子親「今村温州」に「熊本EC11」の花粉を交配した結果です。花粉親の「熊本EC11」は温室で花粉を形成させ、冷凍保存後交配に使用しました。交配後約100日後に未熟種子から胚を摘出し、培養して植物体を再生した後カラタチ台に接木して苗を育成しました(写真1)。交配の組合せによっては、有胚種子数や交雑胚の割合は異なってくることが考えられます。

2.獲得した交雑系統はまだ小さくどのような特性の柑橘であるかは今後の調査が必要です(写真2)。

写真2  順化に成功した交雑胚由来植物3系統

お問い合わせ先

農業研究センター 農産園芸研究所 野菜研究室

【TEL】096(248)6445

ミカン