こだわっとる農

水稲、カーネーション

八代市 自然栽培43年 ~こだわり続けたコメ作り~

稲本 薫さん

はじめに

我が家では、水稲約10ha、カーネーション1万五千鉢(五寸鉢)を私と妻洋子、三男の真美の3人で経営しています。
私は実家が農家だったため、後を継ぐことは決心していましたが、農業高校ではなく普通高校の八代高校に通わせてもらいました。当時の我が家では2haほどみかんを栽培していたため、高校卒業後は果樹園芸講習所(現県立農業大学校)で2年間講習を受けたのち親元に就農しました。また、私が就農した当時の八代地域はいぐさの栽培が盛んで、我が家も例に漏れずいぐさを栽培していました。

自然栽培との出会い

私は化学肥料と農薬を使わない自然栽培という方法で米を作り続けて43年目になります。この自然栽培に取り組むこととなった背景には、二つの出来事があります。
一つ目は果樹園芸講習所での脱線授業です。当時の病虫部長山本滋先生は「米偏に康は『糠(ぬか)』、米偏に白は『粕(かす)』と読みます。毎日白米を食べている君たちは、残念ながら貴重な米をカスにして食べていることになるのですよ」と言い、白米が当たり前だった私に衝撃を与えました。
二つ目は当時の八代青年農業者クラブ(4Hクラブ)で聞いた玄米正食についての講演会です。玄米正食は栄養価の高い玄米を主食に、副食は旬の野菜・海藻を入れた味噌汁や漬物といった日本の伝統的な食生活をさします。洋風化し高カロリーとなった飽食を改めることで、糖尿病などの生活習慣病を防げることを知り、糠と粕の話とつながる刺激的な内容でした。
この二つのできごとから、無農薬玄米を食べたいと思い、自家消費用に無農薬でのコメ作りを始めました。その後、肥料も施さない自然栽培で野菜作りをしていた佐々木常雄さんと出会い、自然栽培に取り組み始めました。

メリットの多い半不耕起栽培

私の栽培法の大きな特徴のひとつに荒起こしから最後の代かきまで5cmほどだけ耕す半不耕起栽培があります。
前年まで慣行栽培により肥料と除草剤を施されていた田んぼでは、土の表面から10cm~20cmの部分に特に肥料が蓄積されています。私は極力この層を起こさないようにしており、これを5年、10年と続けることにより良い結果を得られるようになりました。
この半不耕起栽培による大きなメリットは、稲作農家を悩ませるジャンボタニシ(スクミリンゴガイ)の数を減らせるという点にもあります。最も重要なのは冬場の管理で、前年の稲わらが乾いてなじんでくる2月に5cmほど耕します。すると、冬場の浅い乾田で深く潜れなかったジャンボタニシをカラスがついばみにきます。加えて、トラクターのアタッチメントに小さな爪が並ぶワイドハローを使って、荒起こしと代かき前に数回耕耘することで、大きなジャンボタニシは傷ついて死にます。

タニシの食害を防ぐ浅水管理

苗が食べられない水管理のためには、用水排水をスムーズに行い、ゲリラ豪雨対策としても排水溝を作ることが肝心です。
そして、前述したとおり春草が大きくなる前の2月から、数回耕耘を行います。また、代かきの数日前から入水をはじめ、しっかり土を湿らせて行いますが、早くから水を入れすぎるとジャンボタニシが増えて食害を招きます。ただ、代かきが念入りすぎると土が軟化し、深植えになりすぎてこちらも食害の原因になります。そして数日後、水の濁りと溶けた土の沈殿を見極めて田植えを行います。
ここからは、忙しくても毎日田んぼを見回り、水深数ミリのひたひた状態を基本にして、雨のときは落水する管理を2~3週間続けます。その後、稲が分げつを始める頃には食害されることもなくなるため、深水の管理に切り替えます。こうした細やかな管理を行うことで、農薬を用いずにジャンボタニシの食害を抑えられます。

自然栽培、有機農業者の仲間

九州東海大学農学部は、全国で初めてモニター農家制度を導入しました。その中の作物部会の担当となったのが、自然栽培の研究をされていた東海大学の片野学名誉教授でした。
片野先生はモニター農家に九州・山口の農家を入れたいと思っていましたが、県内の農家に限るという規約があったため、新たな希望者は誰でも参加できる会を立ち上げることになりました。そんな折に発生した阪神・淡路大震災による未曾有の被害を前に、あらためて環境保全の大切さを啓発しようと平成7年7月に「環境保全型農業技術研究会(環保研)」を立ち上げました。ここから世界に発信するという意味をこめて冠に熊本も九州も付けませんでした。発足にあたり、会員は農家に企業、消費者が加わり200人を越える人が参加してくれました。

自然栽培で作った酒米

環保研で毎月行事や勉強会を開いて技術や知見を披露しあう中で、「一村一酒運動」と片野先生が名づけた地酒祭りは特に会員が力を入れていました。各地のこだわりの米で酒を作ろうという運動で、私も縁あって熊本市の蔵元「瑞鷹」さんからお話しをいただき、タイミングよく譲り受けた「山田錦」の苗を使って自然栽培の酒米づくりをスタートさせました。精米に必要な量をなんとか工面し、醸造してもらった最初の酒は、私の名前である「薫」と名付けました。この「薫」は800本(720ml)作られ、高校の同窓会の記念酒や次男の結婚式の引き出物として売り切りました。
翌年から、「崇薫(すうくん)」という名前で酒造りをはじめ、本格的に「山田錦」の栽培を始めました。しかし、その八代平野での生育は旺盛で無肥料でも倒伏が頻発しました。倒伏防止用の網を張っても、収穫する際に稲穂が引っ掛かるなどの苦労があったため、瑞鷹さんから勧められた「吟のさと」(九州沖縄農業研究センター開発)を試作したところ、倒伏もなく、品質・収量ともに安定した生産を行うことができました。「吟のさと」により、「崇薫」の生産計画が立てられ、私を支えてくれています。

今後の展望

農薬や肥料、畜産堆肥の過剰な使用は地球環境や生物多様性を壊してきました。そして、人の健康を害するとわかったときから、私の究極の目的は地球環境の回復にあります。そのためには、農家や消費者だけではなく、流通や販売も含めて環境に関する価値観を統一することが大切であると考えています。いきなり、無農薬・無肥料とまではいかなくても、農薬・肥料の使用を少しでも減らそうという意識を持ってもらうだけでも地球環境に貢献できると思います。そして、人の健康にもつながるのです。そうした点で、今回の記事は読者のみなさんに自然栽培について知ってもらうよい機会だったと感じています。

JGAPへの取組み

プロフィール

稲本 薫さん
●経営概要
水稲      10ha
カーネーション 20a(1万5000鉢)
●家族構成 夫婦、息子
●主な労働力 同上

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