InDelマーカー*を使った遺伝子型判定に基づくカンキツ品種識別技術の開発
(*InDelマーカーはゲノムの挿入/欠損(Insertion/Deletion)を有するヘテロ接合性領域を検出できるDNAマーカーの一種です。)
研究のねらい
農産物の品種を識別できるようにすることは、育成者権の保護や違法な栽培を防ぐ意味でたいへん重要な技術です。本県のカンキツ育種においても、「肥の豊」「熊本EC10」「熊本EC12」をはじめ、特徴のある品種が多数開発されています。多大な労力を要して開発した新品種の健全な普及推進のため簡易で迅速な品種識別技術を開発するのが本研究の目的です。
農産物の品種識別技術においては、これまで種々の技術が開発され、多くの品目の品種識別に利用されています。それぞれの技術には特徴があり、高い判別性はあるものの高額な機器が必要であったり、簡易ではあるものの迅速性・判別性が劣ったりと、方法により長所・短所があります。
このような中、2020年、農研センターでは、これまでの技術と同等以上の高い判別性と、安価で簡易性・迅速性などを兼ね備えたInDelマーカーという新しい技術の開発に成功しました(農業研究成果情報 No.892)。この技術を応用すれば高度な設備を有していない研究機関であっても、使いやすい技術となると考え、品種識別技術の開発に取り組むことにしました。
研究の成果
1.InDelマーカーによる遺伝子型判定技術
InDelマーカーについて簡単に説明します。カンキツは2倍体といって2つの遺伝子が一組になっています。2017年に公開された温州ミカンのゲノム情報を詳しく解析してみると一方に欠損があるような所が数多く見つかりました。欠損のない方をInsertion(挿入)、欠損がある方をDeletion (欠損)と呼び、このような違いがある場所を2つの言葉を合わせInDel変異といいます。このようなInDel変異のある場所を多数特定し、それぞれの場所を検出できるようなInDelマーカーを数多く作成しました。
このInDelマーカーを使って温州ミカン以外のカンキツを調べてみると、品種毎にInDel変異が有ったり無かったりすることがわかりました。つまり開発したInDelマーカーは温州ミカンゲノム情報から作成したにも関わらず、その多くが温州ミカン以外の品種や近縁種にまで広く利用できる特徴を有しています。
ここで便宜上、InDel変異がある場所において、2つ一組のうち欠損がない方をL型、欠損がある方をS型と呼ぶことにし、遺伝子型判定の方法について説明します。品種毎に欠損があったりなかったりすると説明しましたが、それがどのような組合せになっているのか調べることが遺伝子型判定です。欠損の有無において、2つ一組の遺伝子のうち片方に欠損があるものをLS型。両方とも欠損がないものをLL型。そして両方とも欠損があるものをSS型の3種の組合せが存在します。それぞれは、DNAのサイズが異なるため、大きさ毎にふるい分ける簡易な電気泳動という方法で区別することができ、LS型の場合は3本のバンド、LL型の場合は3本のうちの中央のバンド1本、SS型の場合は3本のうち一番下のバンドが1本という形で確認できます(図1)。このような遺伝子型の調査を30種類のカンキツ品種について28種類のInDelマーカーによる遺伝子型を明らかにしました。
2.InDelマーカーによる遺伝子型判定に基づく品種識別技術
品種の識別は、品種毎に調査した各InDelマーカーにおける遺伝子型の組合せによって識別します。研究では28種のInDelマーカーを使ったのですが、逐一、品種識別のために28種すべてのInDelマーカーで遺伝子型を調査するのは効率的ではありません。そこで、効率的な品種識別のために最小でいくつのマーカーを使えば供試した30品種それぞれを識別できるのかを解析しました。その結果、最小で6種のマーカーがあれば識別は可能であるということがわかりました。なお、表1は6つのマーカーの組合せの1例を示したもので、このような6つのマーカーの組合せは複数存在します。
上記でInDelマーカーによって3つの遺伝子型に分類(3遺伝子型分類法)できると説明しました。LS型の場合は3本バンドと判別は簡単なのですが、1本バンドで検出されるLLやSSの遺伝子型の場合、その1本バンドがLLなのかSSなのかを区別するために、3本バンドと比較しバンドの位置を確認する必要性があり、少し面倒です。そこで、その必要性をなくすため1本バンド(LL型またはSS型)か3本バンド(LS型)かの2種類に区別する2遺伝子型分類法を開発しました。この場合、最小マーカー数は7種で3遺伝子型分類法より1種増加しますが、迅速性・省力性は向上し、より簡易な技術となります。
普及上の留意点等(開発したInDelマーカーの可能性)
本県で開発したInDelマーカーを使うと、今回紹介した品種識別技術への用途以外にも多様な活用ができます。例えば品種鑑定の精度向上や品種登録時に重要な、親子鑑定も可能です。
また、カンキツの多くは交配して得られた種子の中には複数の胚(植物体に成長できる組織)が形成される特性(多胚性)を持っています。形成された複数の胚の中には両親の遺伝形質を引き継ぐ唯一の交雑胚(品種を交配してられた胚)のほかに、母親(種子親)の細胞から分化した交雑していない胚が混在しています。つまり、多胚性品種を母親に使用すると得られる後代の集団には交雑個体とともに多くの交雑していない母親と同じクローン個体が混在することになります。育種のためには、交雑個体が必要ですので、このような集団の中から交雑個体を選抜する必要があります。選抜する方法は、これまでは非常に手間のかかる高コストな方法でしたが、InDelマーカーを使うと容易に集団の中から交雑個体を選抜することができます。
さらに、得られた遺伝子型情報から品種間の遺伝的近縁関係の解析も可能です。他にもアイデア次第でいろんな使い方ができるかもしれません。今回紹介した技術は論文でも公表しています(Noda et al.,2021, Breeding Science)。興味のある方はご参照願います。
熊本県の農業がさらに発展するような新品種育成と普及のためにこの技術を活用していきたいと考えています。
お問い合わせ先
農業研究センター 農産園芸研究所 野菜研究室
【TEL】096(248)6445
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