【Tue】

Vitamin Table 〜第43回 水前寺のりのおはなし〜

秋の佇まいが日に日に色濃くなってきて、秋の味覚も充実してきています。
秋の果物が最盛期を迎えているこの頃、夏の疲れが溜まった体を果物の酸味と甘みで癒したいものです。
さて今月は、「ひご野菜」のひとつにも挙げられている伝統食材「水前寺のり」(以下、学名「スイゼンジノリ」で表記)について紐解きたいと思います。

スイゼンジノリって海苔なの?! 

スイゼンジノリは、日本固有の淡水性ラン藻。ラン藻の歴史は非常に古く、約35億年前に遡るといわれています。名前は「のり」でも海の海苔でもなく、かなり原始的なもの・・・そして前述の「ひご野菜」に挙げられています。けれど、もちろん野菜でもない…神秘的な生物なのです。

水前寺公園内で研究養殖

どこで発見されたの?

スイゼンジノリ(学名:Aphanothece sacyum(Sur.))は、1872(明治5)年に、オランダの植物学者スリンガー博士が、水前寺、上江津湖(熊本市)において発見し、新属新種のラン藻として「日本藻類図鑑」の中で、世界に紹介した日本固有の淡水性ラン藻の一種です。湧水のように美しくすみきった水の中でしか生きられない…いわば水環境のバロメーターのような生物です。

水前寺公園内の湧水

国指定の天然記念物に…

スイゼンジノリはその特異な生理生態と分布により発生地である上江津湖一帯は1924(大正5)年に国の天然記念物に指定されました。江津湖は今から約400年前に「治水の神様」と称される加藤清正が治水のために構築してできた湧水湖。加藤清正とその後の細川藩・細川家に由来する由緒ある地域で、「日本の名水百選」に選定されたこの一帯は現在も市民のオアシスとして親しまれています。

野生株は一時絶滅?

1953(昭和28)年の熊本大水害によりこの一帯は火山灰(ヨナ)に覆われ、天然記念物指定地一帯の様相が激変したのだそうです。絶滅かと思われたそうですが、13年後、1968(昭和41)年熊本市教育委員会の調査で野菜株の生存が確認されました。その後地元ボランティアの努力などで回復するも、湧水の減少や環境の変化により、現在野生株の生存ははっきりとは確認されていないのだそう…。
地下水の富栄養化、湧水量の減少等により1997(平成9)年に環境庁(当時)作成による植物版レッドリストにおいて絶滅危惧種IA類に分類されています。

種を守り継ぎ次世代へ繋いでいく取組み

熊本での安定栽培を目指し研究室での培養や養殖池での栽培に取り組む、グリーンマテリアル・サイエンス(株)の金子慎一郎社長を、益城町にある養殖場にお訪ねしました。
2006年に姉の岡島麻衣子さんがスイゼンジノリから「サクラン」という物質を発見したことから「スイゼンジノリを育てることで熊本の地下水資源を守り、経済の活性化に繋げていきたい」熱い想いで事業化を決断された金子社長。食材としてはもちろん、「サクラン」の可能性を探り続けられています。
養殖場をつくられるにあたっては候補地選定から大変だったと…。スイゼンジノリが発見された水前寺・江津湖一帯の湧水と同じ阿蘇山が噴火した時にできた地層を通った地下水が必要と考えられていて、その中でも砥川溶岩の層を通った水が良いということで、ここ益城町赤井に決められたと伺っていました。
600平方メートルの養殖池にはブロックでS字型の水の流れをつくられています。その様子はまるで水の畑…。年間を通じて19度の水の畑に、ぷかっぷかっと浮かぶ不定形の緑色の物体…・これが「スイゼンジノリ」。触ってみるとぷるぷるしています。

    光合成をしながら、細胞分裂をすると同時に細胞の外にも年生の物質を形づくって増えていくのだそうです。強風や強い日ざしを避けるためにネットを張られた養殖池で育つスイゼンジノリも、人と同じように心地よい春や秋の気候がより良く生長していくのだそうです。
    淡々と説明してくださる金子社長でしたが内に秘めたスイゼンジノリに対する深い愛と情熱を改めて感じたひとときでした。

    江戸幕府への献上品だった伝統食材

    スリンガー博士が発見するより前、江戸時代には細川藩(熊本)、秋月藩(福岡)から幕府へ献上されていたという由緒正しき伝統食材…。日本料理の高級食材として珍重されています。

    スイゼンジノリの栄養と機能性

    ルシウムや鉄分が多く含まれ貧血予防や体調維持に役立つ。また含まれる必須アミノ酸や最新の研究により、抗酸化活性を持つ成分の可能性が示唆されていて、伝統食品から機能性食品としての可能性も期待されています。

    「水前寺のり くまもとの会」の活動

    水前寺のり研究の第一人者である東海大学名誉教授の椛田聖孝先生を会長に、研究者、前述の金子社長、「日本料理おく村」の奥村賢さんらと共に筆者もその一員として活動しています。
    食べ方の提案のために試作を重ねているなかで、初めてこの食材と対峙したときに驚愕したことがありました。それはほかの素材と合わせたとき、スイゼンジノリを少量加えただけでみるみるうちに変化した保水力でした。これが研究で明らかにされている「スイゼンジノリ多糖体」だと実感した瞬間のことは今でも鮮明です。かなりハードルの高い食材だと思いますが、幅広い世代、多くの機械を捉えてこの食材の価値と味を伝承していくことが必要だと感じています。

    近年の生産量激減や、流通の難しさからなかなか出会えないのですが、日本料理「おく村」では、前菜からデザートまで水前寺のりを組み込んだコース料理を提供されています。
    また様々なファンを増やしたいと、メンバーの知恵と技を結集して取り組む「来て 見て 触って 食べてみよう」のイベントは今年で6回を数えました。
    昨年より、高校生による創作料理コンテストも開催。事前に奥村さんが高校に出向き、食材の扱い方もレクチャーして食材を提供…、生徒たちが試作を重ねて、色々なアイデアでレシピを提案してもらうという試みです。昨年は、熊本県立熊本農業高等学校の3チーム、今年は、熊本県立熊本農業高等学校、慶誠高等学校、玉名女子高等学校の3チームに多彩なレシピを紹介していただき、審査側のメンバーも貴重な勉強になりました。
    美しい水がなければ生きられない稀少水生植物「スイゼンジノリ」。熊本の宝を次世代に継承していくため、まずは少しでも多くの方々に知っていただきたいと思います。

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    持田 成子Shigeko Mochida

    野菜ソムリエ上級プロ
    女子栄養大学生涯学習講師

    女子栄養大学在学中に「野菜のビタミン分析」に携わったことがきっかけで野菜ソムリエ資格を取得。「旬の野菜果物のチカラはココロとカラダを元気にする」をテーマに食育やセミナー、レシピ開発など食の周りで活動中。

    野菜ソムリエとは

    日本野菜ソムリエ協会が認定する資格。野菜・果物の知識を活かし自らの生活に活かす「野菜ソムリエ」、野菜・果物の専門家「野菜ソムリエプロ」、専門家の最上位資格「野菜ソムリエ上級プロ」と、3段階の資格がある。

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