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逆境を生きる 農聖 松田喜一に学ぶ 第十一回

昨年一番読まれた本は、昨年の5月号に記した「君たちはどう生きるか」の漫画版、小説版でした。現在併せて267万部(1月現在)を突破し、子供から親、祖父母の全世代で読まれました。「どう生きるか」、その手がかりを多くの人が求めているといえます。「どう生きるか」は、自分に与えられた使命と大きく関わってきます。使命は、自分の命を何のために使うかということです。自分の使命は何かを感じとり、充実した人生に繋げたいものです。もし自分の使命を感じ取れないまま一生を終えるとしたら、それは悔やみきれない人生といえるのではないでしょうか。

喜一先生の功績を伝える碑文(生誕の地 松橋町東松崎

1「使命」

1 天に対する私の使命

2 国家に対する私の使命

3 郷土に対する私の使命 

4 我家に対する私の使命

 

喜一先生は、使命については「天」や「国家」「郷土」「我家」に対する使命があると教えています。土いじりが好きであった先生は、その性分を生かして理想の農場創設や農業青年の育成を通して農業の発展に尽力し、四つの使命を果たした人といえます。
使命を果たすためには、自分は何が好きで、何をしている時が楽しいか、どんな時に真の喜びを得られるか等、天や先祖から与えられた自分の性分を明らかにしつつ、自分自身を修めていくことが求められます。
漢学「大学」では「修身斉家治国平天下」(しゅうしんせいがちこくへいてんか)「身を修め、家をととのえれば、郷土・国は治まり天下は平和になる」と教えています。つまり自分自身を正して知恵を極めて自分を修めていくことが根本ということです。そのためにはどうすればよいか、そのことについては、昭和の総理大臣の指南役でもあった安岡正篤は「古典と歴史と人物の研究、これなくして人間の見識は生まれない」といっています。喜一先生は、論語をはじめとする古典や歴史、二宮尊徳や中江藤樹、吉田松陰等の偉人に学んでいます。特に古典を学んでいくことは、歴史や人物を学ぶことにも繋がっていきます。真に使命を果たすには自分の性分を明らかにし自己修養に努め実践する以外にないといえます。
「高き理想は使命と一致する」とも先生は教えています。高き理想に燃えて努力している時は使命を果たしつつある時といえます。今、自分は高き理想や目標を掲げて、日々学び実践しているかを自問したいと思います。

松橋町郷土芸能 豊年餅つき踊り(豊川小6年)

2「置き土産」

先生の心願は、農業を通して世のため人のために置き土産を残すことでした。祖父喜七のように世に置き土産を残し生まれ甲斐のある人生を目指しました。「土いじりが好きで人に対して気兼ねする性分を生かすように」という天の声を聴き、農業を天職と思い尽力しました。その実践から紡ぎ出された教えや50冊を超える著書、月刊「農友」等は、先生の精神・心の置き土産ともいえます。
「心の置土産」については、教育者で哲学者でもある森信三(明治27年~平成4年)は、著書「修身教授録」の中で「人が真にその心の置土産となし得るものには、その人がその場所、その地位に置かれていた間、その全生活を貫いて歩んだその心の歩みこそ、否、それのみが、正真正銘の置土産になるのではないか」と述べています。喜一先生の言葉や教えは、農業の発展に一事一貫誠を尽くした「心の置き土産」であり、先生の理想や使命の実現の過程で紡ぎだされたものといえます。
自分は何を語り伝え、何を残して置き土産とするのかを問い、使命を果たしていきたいものです。私は、喜一先生の偉業や教えに学びつつ、この執筆に、私の使命を果たすという思いも込めたいと思います。

祖父喜七の置き土産「底井樋」(1852年完成)掘り出された一部全長35m
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